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彼が欲したもの

新聞は読まないし、テレビも見ない。

以前は年に1日、大晦日の格闘技番組だけは見たが、最近はそれもしない。

画面のむこうに動くものを見るのは、ユーチューブだけである。

1日1食が定着しているが食べることは大好きで

料理番組をのぞいては、今度あれを食べよう、なんて考える。

アグレッシブな論客の意見をつまみ聞きしたり、昭和の漫才で笑ったり

深海の奇妙な生き物をのぞいたりと、雑食系の視聴者である。

そんな中に、印象的な1本があった。

フィリピンにある世界最大規模の刑務所の実態だ。

長期刑をくらって落ちてきた囚人が2万人いるのだが

たった40人の看守(もちろん交代要員はいるが)で治めている。

どうするかというと、囚人たちにピラミッド型の社会をつくらせ

維持させることで、看守はリーダーを押さえるだけで済むのだ。

さらに驚くのは、その囚人社会では商売が許可されていて

公明正大に現金が流通しているという。

一見するだけでは(女の姿がない以外は)、塀の外か中かわからない。

たまに囚人どうしの殺し合いはあるが、それは塀の外にだってある。

その囚人社会のトップにインタビューできたのは

インタビュアーが元ギャングで服役経験のある男だったから。

トップの男は終身刑を受けているので、生涯外には出られないが

塀の中では囚人2万人の頂点に座している。

インタビューの最後、葉巻を吸うその男にインタビュアーが質問する。

「欲しいものは?」

自由か、女か?

「…Peace of mind(心の平穏)」と、静かに男は答えた。

わたしは驚いた。

なぜ驚いたかは、すぐにはわからなかった。

けど白状すると、囚人のクセに格好をつけてと見下していたからこそ

予期せぬ言葉に驚いたのだ。

つまり刑務所の塀は、わたしの心の中にまで続いていたのだった。