…ロビンは次郎と一寸手を上げるような挨拶をして、外に降り立ち、そのまま鉄格子の柵が連なる駅のホームに向かって歩きはじめた。暗い回廊を肩を落として進む。牧山はてっきり次郎も車から降りるだろうと思って車の中をのぞくと、次郎は大声で牧山に「何をしてるんだ、早く乗れ」と手を振ってわめいている。ロビンは背中を見せたまま、どんどん遠ざかって行く。牧山は「しかし……」と戸惑っていると、次郎はタクシーの運転手に「うちの息子は動作がのろくて世話が焼ける野郎だ」というようなことを喋り、「早くしろ、早くしろ」と日本語で怒鳴るので、牧山はやむなく車に乗った。それから次郎は沈黙した。ロビンは一度も後を振り返らなかった。牧山は生涯の親友の別れというものは、ああいうものだと初めてわかった、と語った。…『風の男 白洲次郎』(青柳恵介/新潮文庫)より一部を抜粋
【コメント】
78歳となった白洲次郎がイギリスを訪れ、滞在最後の日に、留学時代の親友ロビンと別れる場面です。牧山さんは次郎の娘婿。もちろんこの本には、次郎の仕事や活躍ぶりが繰り広げられていますが、この箇所を選びました。理由は、ひたすら私の感傷の趣きによるものです。私はまだ60代後半ですが、しっかりと綴じたはずの窓から風の吹き込む心境は、何度か経験しており、選ばずにいられなかったのです。