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『学ぶよろこび』梅原猛

……しかし、私には、子供の頃から、「この世の中がかなわん」という気持ちがあったようです。この世の中は嘘であると思っていた。 

 どこかで私は、自分のお父さんと言われる人が本当のお父さんではなく、お母さんと呼んでいる人が本当のお母さんでないことを知っていたんじゃないか、と思うんですね。

 世の中は、全部、嘘で固まっている。そういう世の中に対して、心のどこかで強い拒否反応を持っていたんです。 

  だから、わたしはいつも夢を見ていました。いろいろな夢を見ていましたね。まさに、空想にふける少年でした。

 いつも空想にふけっていましたから、学校の勉強はあまりできませんでしたよ。田舎で町長の家の子といえば、ふつうは一番なんです。ひいきで一番になるんですけど、私は五番くらいでした。本当ならもおっと下なんでしょうけどね。 

いまでも小学校の同級生が、「タケちゃん、いつの間に、脳細胞の分裂を起こした? 小学校のときはバカみたいだと思っていたのに」って不思議がるんですが、彼らが言うのが本当なんんですよね。……『学ぶよろこび -創造と発見- 』(梅原猛/朝日出版社)より抜粋 

 

【コメンント】「この世の中は嘘であると思っていた」――どきりとする告白ですね。しかも、幼少の頃のこと。空想への逃避は多くの人に見られる体験ですが、梅原さんはそれを原動力として独創的な仕事を残されました。幼少期の鬱屈は、その人が年を経て、高所から振り返る心の余裕ができてこそ、さらけだせるものだと思います。そして、さらけだしたときに、自分の成り立ちがいっそう鮮明に見えてきます。ずっと負であると決めつけていたことが、じつは本質的な負ではないことに気づきます。そうした発見もまた、自伝を書くなかに潜んでいるのだと思います。