……居酒屋で、俺はつねにデッサン帳を手にし、通りがかった男たちや女の子の顔をモデルにクロッキーをしていた。道を歩く男の赤ら顔、厚化粧をした女の顔、肖像画ができたら数フランで売り、そのお金でときにはソーセージ・フリットを買うこともできた。
母が「絹織物の図案師の見習いを求む!」という求人広告の話を耳にしたのは、俺が十五歳くらいのときだった。俺の母は読み書きができなかった。小柄ながらも、エレガントで存在感があった彼女は、南スペインのムルシア出身のジプシーだった。アート界とはまったく無縁さったが、俺がデッサンや絵に向いていることはわかっていたようだ。俺にはほかはダメでも、その才能があることを感じていたのだった。 「これは運命だよ。おまえには守ってくれる星がある」
以来、俺は自分の絵にはサインの下に、お礼の印として小さな星を描き加えている。……『ピカソになりきった男』(ギィ・リブ/キノブックス)より抜粋
【コメント】著者は、かつてピカソなどの贋作を描いたとして逮捕された人物で、タイトルにあるfaussaireは「詐欺師」の意のフランス語。まさにその道への一歩を踏み出す、少年期の一場面が書かれた箇所です。働き口を勧めた母親も、その結末は予想もしなかったでしょう。文中には、贋作一点を仕上げるごとに使用した画材や道具を躊躇なく捨ててしまうなど、生々しい手口も紹介されています。しかしジプシーの血ゆえか、著者は楽天家で、罪をつぐなったのちも依頼に応じて絵を描いたようです。もちろん、サインには自分の名を書き入れました。