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『たけしくん、ハイ!』ビートたけし

……ほいで、こうやっておやじが母屋のほうを塗ってると、俺はなぜか、子供部屋のほうを塗ってんのよね。子供部屋には窓ガラスがあってさ、そこに娘がいるんだよ。ピアノ弾いてそうなね。そんで勉強なんかしてんの。

 俺がさ、どうしても窓ん中、見ちゃうじゃない、ペンキ塗りながらさ。それでその子と目があったりすると、つつつつーって窓のところにやって来てさ、カーテンをピシャッと閉めやがんのよね。こん時はもう、火ィつけてやろうか、コノヤローと思ったよね。

 もう情けなくてさ。情けないまま、あの冬の寒いときにさぁ。ずっつらずっつら自転車を、兄きと俺とおやじが引きずって、ボロぎれ持って帰ってくるんだよね、うちへ。つらかったよね、あれも。……『たけしくん、ハイ!』(ビートたけし/新潮文庫)より抜粋

 

【コメンント】書店で売る自伝なら、読んで面白くあるべきだと思います。その意味で、この1冊には大いに笑わせていただきました。はっきりいって、「桜の木をきったのはボクです」式の自伝や伝記にはウンザリ。口述筆記であることがわかる文体ですが、著者は業界で頂点にのぼりつめたビートたけしさん。過去のみじめな記憶を語れば語るほど、コントラストとして現在の自分が光ってくるさまは、むしろ痛快ではなかったでしょうか。